ハグができる関係性

1月22日。

将来のいつか、今日のことを振り返ったとき、きっと、自分にとって金字塔的な日と思うだろう一日。

僕には超えられないと確信していた先輩医師がいる。
沖縄での研修医時代の指導医だ。

いまだ10代の若い女の子が癌で亡くなった。
病院を離れるとき、私たちは玄関で女の子とお母様を見送った。

指導医は、別れ際、悲しみに溢れかえったお母様とハグをした。

衝撃的だったが、ごく自然な光景だった。

悲しみに明け暮れるご家族を、指導医がやさしくハグをする。
悲しみを分けてほしい、悲しみを癒やしたい、指導医のいろいろな思いが光っていた。

医療者と患者(or家族)のハグ。
ハグそのものが日本の文化ではないことはもちろんのこと、一般的に距離感があるこの両者によるハグ。

やはり衝撃的だった。

この衝撃的現場に立ち会えた僕は、後輩研修医や医学生に、「この光景を目に焼き付けておくように」と念を押した。
ここまでの関係性を構築することは容易ではないと思ったからだ。
指導医が指導者たるゆえんと思ったし、医療者という枠組みを超越したことだと確信したから。

今日、僕は、ご家族をお見送りすとき、ご家族とハグをした。
ほぼ、無意識である。

敬愛する指導医に並んだとも、超えたとも、そうは思わない。

しかし、やっと、僕もここまで来れた、それだけは嬉しくなった。

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患者さんが不在の場で議論することは原則ない

(備忘録)

僕は、患者さんが不在で、家族とのみ話し合うことはない。
家族に隠しておくことはあっても、本人に隠すことはしない。

だから何でも本人に話す。
本人に伝えた後に、本人が許可すれば家族に話す。
おかしいと言われることもあるが、結構徹底していること。

さて、そんな僕だけど、今日は例外中の例外で、家族とのみ話し合い。
なぜなら、患者さんはすでに終末期で、もはやコミュニケーションも、動くことも難しいので。

今後のことをどうするか、という話し合い。
だからといって、家族の希望を聞くわけではない。
家族を代弁者としつつ、あくまで本人にとっての最善を話し合う。
本人が意思を残していればそれを確認し、残していなければみんなでひたすら推定する。

今回は、意思は残していた。
その意思を送り出す側がどのように解釈するか。

キレイゴトと言われようが、どんなことがあっても、徹底的に本人の意思、本人にとっての最善をひたすら追求したい。

人生の終い方

今日、訪問診療での一コマ。超高齢夫婦のみ世帯。

診療を終え、ダウンジャケットを来て立ち上がろうとした瞬間に、患者さんが意を決した風に一言。

「先生、折り入ってご相談が・・・」

いわゆる、人生の終い方について。

あらゆることを想定し準備を整えていることを伝えた。そして、どうぞご安心ください、と。

僕は、出会う全ての患者さんについて、最期まで一緒に歩むと決めている。(患者さんが嫌だといえば別だけど)

本当の帰り際、「いずれ、先生に最期までお任せする」と。これほど光栄なこともないし、患者さんからも仰っていただいたことでさらに気合が入った。

よし、がんばる。

空気の揺れを読みとる

冬の山に登ると、空気の存在に気づく。

息を吸うとき冷気が鼻に刺さり、息を吐くと白くなる。
少しでも風が吹こうものなら、ほっぺたに空気が刺さる。
あまりに寒いからとネックウォーマーを口まですっかり覆うと、入ってくる空気が若干生暖かくなる。

などなど。

ところで、私の友人に空気の揺れ(ブレ)を敏感に感じ取る能力がある人がいる。全く特技だと思う。

相手が言語化しない、もしくは語らない思いが、空気に乗って、空気を介して伝わってくるのだ。少し丸みを帯びていたり、角ばっていたり、まるで感情が空気を歪ませるがごとく。

空気を読むとは違う。
あくまで空気の揺れを感じ取っているのだ。

この特技の源泉はどこにあるのだろうと考えてみる。
きっと、相手への深い興味だと思う。

(写真は冬の姫神山の山頂)

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僕は本当に幸せ者だ。

僕は本当に幸せ者だ。
よい仲間に恵まれた日々だから。

僕には自慢できることはほとんどない。
ただ、奇跡的な縁に恵まれていること、これだけは自慢できる。

本当によい仲間たちに囲まれた日々。
これほど幸せなことはない。

ところで、今、僕が見ている地平は、仲間にはまだ見えていないんじゃないか。
きっと仲間は見えぬ地平に向けて進んでいる。理念とビジョンを信じで、ひたすら実直に。

暗中模索とはまさにこのことだ。

こんな仲間たちを叱咤激励しながら、ともに前進したい。
理念とビジョンを一番唱え、誰よりも最善を尽くして。

数年後、ビジョン達成の頂に立つ。
その頂で仲間たちとともに後ろを振り返る。
そして、自分たちが成し遂げたことの偉大さをともに喜びたい。

だから、僕は頑張る。

(写真は昨日の忘年会。年間MVP二度目の川村さんと一緒に)

事業の集大成へ向けて

今夜は、三菱総研の松田さんをお招きし、CCRCについて少人数での勉強会を開催しました。

手前味噌ではありますが、とても良い会となりました。
まずは、松田さんならびにご参加いただいた全てのみなさまに感謝申し上げます。

私たちのビジョン「こころのバリアフリー」の実現に向け、必ずややり抜きたいことがあります。
それは、「輝ける豊かな人生を送れる社会」という場、空間を創ること。
具体的には、ビジョンが具現化された100〜200名規模の小さなコミュニティを創ること。
集合住宅、一軒家、医療介護事業所、商業施設などなどの集合体。

この実現のためには多額の資金が必要であり、決して一人では背負いきれません。といいながらも、多くの人を巻き込むと、事業の失敗も目に見えてもいるわけです。
そこで基本的には私を含めた少数のチームで一気にやってしまおうと決意しています。

私の事業の集大成になります。
相当な茨の道ですが、楽しいですね。

と、こんなことの様々なヒントを得た勉強会となりました。

医療というツールを使って

僕は医者に過ぎないので医療をやっている。

正確に言えば、医療というツールを最大限使って仕事をしている感じ。

仕事をしている究極的な理由はきっとこれだ。

自分の両親をしっかり見送れて、また僕や家族が「悪くなかった人生だった」と言えるようにすること。

僕が年をとっても、介護が必要な状況になったとしても、僕らしく生ききること。

普通に食べ、普通に寝る。
僕の気持ちが反映される。

身体が動く間は、時々山に登り、時々泳ぎ、時々スキーに行く。

身体の自由がきかなくなっても、美味しい珈琲を飲み、本をゆっくり読み、執筆活動を死ぬまで続けたい。

私が望む晩年のあり方が、万人受けするとは思えないが、少なくとも自分が満足いくようなことでなければ、他の人にも堂々と勧められないだろうから。

2018年がまもなく終わるが、2019年は間違いなくもっと面白くなる。