妙に馬が合う

(備忘録)

妙に馬が合う、とはこのことだったのだろうと思う。

どことなく死んだ祖母に似ていた。
口調だったり、生き方だったり、顔もちょっと。
(しかも祖母と同い年)

祖母が先に亡くなったが、この方のおかげで、いくらか寂しさがやわらいでいたものだ。

超高齢の割に丈夫な方だったから、医者として何か大きな仕事をしたというわけでもなく、特段、感謝される筋合いもなかった。
その割に、私のことは随分と心配してくれて、仙北町のことや、診療所の行く末などもいつも話題にしてくれた。

ある時、味噌の話題となり、手前味噌(自家製)を持参してごちそうした。すると、お返ししてもらった。

登山の話をしたとき、お盆後はやめておけと諭された。雷が増えるからな、と。でも、指摘を無視して登って自慢した。

昔住んでいたという区界に言って肉を食いたいというから、もう寝たきりだったが、仲間にお願いして連れて行ってもらった。しかし、その店に肉はなく結局蕎麦だったと。いつもボヤいていた。

医師としてはたいして思い出はないが、一人の人間としては思い出深い方だった。

素晴らしい縁の数々に恵まれた私だが、こんな人はそうは見当たらない。

寂しくなるな。

広告

ハグができる関係性

1月22日。

将来のいつか、今日のことを振り返ったとき、きっと、自分にとって金字塔的な日と思うだろう一日。

僕には超えられないと確信していた先輩医師がいる。
沖縄での研修医時代の指導医だ。

いまだ10代の若い女の子が癌で亡くなった。
病院を離れるとき、私たちは玄関で女の子とお母様を見送った。

指導医は、別れ際、悲しみに溢れかえったお母様とハグをした。

衝撃的だったが、ごく自然な光景だった。

悲しみに明け暮れるご家族を、指導医がやさしくハグをする。
悲しみを分けてほしい、悲しみを癒やしたい、指導医のいろいろな思いが光っていた。

医療者と患者(or家族)のハグ。
ハグそのものが日本の文化ではないことはもちろんのこと、一般的に距離感があるこの両者によるハグ。

やはり衝撃的だった。

この衝撃的現場に立ち会えた僕は、後輩研修医や医学生に、「この光景を目に焼き付けておくように」と念を押した。
ここまでの関係性を構築することは容易ではないと思ったからだ。
指導医が指導者たるゆえんと思ったし、医療者という枠組みを超越したことだと確信したから。

今日、僕は、ご家族をお見送りすとき、ご家族とハグをした。
ほぼ、無意識である。

敬愛する指導医に並んだとも、超えたとも、そうは思わない。

しかし、やっと、僕もここまで来れた、それだけは嬉しくなった。

患者さんが不在の場で議論することは原則ない

(備忘録)

僕は、患者さんが不在で、家族とのみ話し合うことはない。
家族に隠しておくことはあっても、本人に隠すことはしない。

だから何でも本人に話す。
本人に伝えた後に、本人が許可すれば家族に話す。
おかしいと言われることもあるが、結構徹底していること。

さて、そんな僕だけど、今日は例外中の例外で、家族とのみ話し合い。
なぜなら、患者さんはすでに終末期で、もはやコミュニケーションも、動くことも難しいので。

今後のことをどうするか、という話し合い。
だからといって、家族の希望を聞くわけではない。
家族を代弁者としつつ、あくまで本人にとっての最善を話し合う。
本人が意思を残していればそれを確認し、残していなければみんなでひたすら推定する。

今回は、意思は残していた。
その意思を送り出す側がどのように解釈するか。

キレイゴトと言われようが、どんなことがあっても、徹底的に本人の意思、本人にとっての最善をひたすら追求したい。

空気の揺れを読みとる

冬の山に登ると、空気の存在に気づく。

息を吸うとき冷気が鼻に刺さり、息を吐くと白くなる。
少しでも風が吹こうものなら、ほっぺたに空気が刺さる。
あまりに寒いからとネックウォーマーを口まですっかり覆うと、入ってくる空気が若干生暖かくなる。

などなど。

ところで、私の友人に空気の揺れ(ブレ)を敏感に感じ取る能力がある人がいる。全く特技だと思う。

相手が言語化しない、もしくは語らない思いが、空気に乗って、空気を介して伝わってくるのだ。少し丸みを帯びていたり、角ばっていたり、まるで感情が空気を歪ませるがごとく。

空気を読むとは違う。
あくまで空気の揺れを感じ取っているのだ。

この特技の源泉はどこにあるのだろうと考えてみる。
きっと、相手への深い興味だと思う。

(写真は冬の姫神山の山頂)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

見事な着陸。

(備忘録)

とてもこだわっていることがある。
それは、死亡診断書に記載する死因に何を書くか。

この死因は、もちろん科学的妥当性がもとめられる。嘘がダメなのはもちろんのこと、恣意的でも意図的でもいけない。

とはいえ、死因を何にするかは、医師である私にとっても、また残された家族にとっても、思いの外重要だと思う。

だからこそ、僕は、何を死因にするか、ものすごく悩むし、ものすごく大切にしている。
的はずれな例えかもしれないけれど、我が子への名付けと同じくらい大切なものかなと。(僕は我が子への一番のプレゼントは「名前」だったと思っている)

さて、今日も死亡診断書を書いた。
その死因に記した病名は、医師になって始めてのもの。

いわゆる神経難病で、過去数年に渡って、この難病とともに生き、生き抜きかれた方。
辛いことが多かったんだろうと思う。
しかし、いつも、私には笑ってくれた。
笑いすぎてむせこむほどに。

その晩年への敬意も最大級込めて、あえて、その神経難病を死因に据えた。

(おそらく、最期の1、2日は肺炎であったと思うのだが、僕はこの肺炎を原因ではなく結果として捉えたので、あえて直接死因としなかった)

 

あと一つ記しておきたい。
見事なことについて。

この神経難病は、いずれ経口摂取は不能となり、肺炎を繰り返すのがほぼ常である。
しかし、この方は、本当にギリギリまで口から食べ、肺炎もほぼなかった。
誤解を恐れずいえば、見事な着陸。
そして、この見事な着陸を応援し、見届けた家族もまた見事だった。簡単ではなかったず。

人の死に対し「見事」を使うのは失礼であるとお叱りを受けそうだが、それでも僕には見事だったとしか表現ができない。

 

見事だった。
故人と、ご家族に深く、深く敬意を表したい。

 

IMG_0005.jpg

何処で、誰と(に)。

(備忘録)

忘れられない死もあれば、忘れない死もある。
今回は、そのいずれでもなく、絶対に忘れてはいけない死だ。

臨終の際、開口一番、ご家族に向けて伝えたのが、「本当に悔しいです」だった。

このままでは死んでしまうと、決死の覚悟で別の施設に移った。誰もが「もう限界」と言われる中で、ご家族だけが改善を信じていたから。

闘いが始まる。
改善した。
ほぼ食べられない状態が、経口だけでなんとか生命を維持できるほどに食べられるようになった。

奇跡ではない。
奇跡は勝手に起きるものではなく、起こすものだ。
必然だと僕は思った。

しかし、もっとも恐れていたことがおこる。
そして、もっとも注意していたことだった。

肺炎である。
万事休すだった。

人は死ぬ。100%死ぬ。
不確実性が強い医療(医学)において、唯一100%の確率を誇ることが「人の死」だ。

今回の方、施設をうつらずにいれば、遠くないうちにお迎えがきていただろう。
施設を移った。仮に肺炎を起こさずとも、やはりどこかでお迎えがくる。

結果は同じかもしれないが、送り出す方には送り出し方があるし、送り出される方(本人)には送り出され方がある。
死に方という表現は良くない、生き方、逝き方があるのだと思う。
だからか、これで良かったのだと周りは言うが、それでも、医師として改善のみをひたすら狙う立場としては、どうしても悔しい死だった。

臨終の確認の後、ご家族がかけてくれた言葉に目が涙で満たされた。

「昨年の秋からずっと先生に診てもらいたいと思っていました。いろいろな壁があり、なかなかその想いが叶いませんでした。ただ、このまま死なせてはいけないと強く思い、やっとのおもいで施設を移って、待望の先生に診てもらえました。先生、母もやりきったのだと思います」

何処で、誰と、晩年を過ごすか。
何処で、誰に、看取ってもらうか。

いずれも大事なことに違いない。
どちらが欠けても十分ではないのだろう。

最後の主治医に指名されたことを誇りにし、ご家族の言葉を胸に強く刻み、この死を絶対に忘れないことにします。

 

IMG_7131.jpg

明けない夜。

頑張って思い出してみているが、きっと、医師人生二度目の経験である。

 

直近の食事を食べてから旅立つこと。

窒息などのトラブル(事故)を全くのぞき、老衰や病気の場合で。

 

肺がんの末期の方だった。

施設をうつり、主治医も私にうつり、初めてお会いした際に、がんを見つけた。

わずか数週前のことだ。

 

がんを見つけたとき、そのときの状況などを勘案し、寿命は1ヶ月以内だろうと思った。

老衰も末期がんも、たくさん経験してきたし、たくさん見送ってきた。

だから、経験は少なくないので、案外あたる。

 

今回は、短い方に大きくハズレてしまった。

前回お会いした際、ずいぶんと近いとは思ったが、意識もしっかりしていたし、何よりまだ食べられていたので、次も間違いなく会えると思っていた。

 

が、しかし、次はなかった。

経験は役立つときもあれば、邪魔するときも少なくない。

 

言い訳をいえば、強い方だった。予想をかわすくらいに。

 

明けない夜もある。

だからこそ、その一瞬に、その刹那に最善を尽くす。

これしかない。

IMG_6677.jpg