患者と医師、すれ違いの日々。<盛岡タイムス連載 vol.1>


「お前、医者だから分かるだろ」

十年以上も前、大学病院で男性患者さんがおっしゃった言葉です。

男性は診察室に入るやいなや椅子に深く腰掛け(いわゆるふんぞり返って)、開口一番、「喉が痛い」とのみ訴えられました。詳しくお話を伺いたい旨を伝えたところ前述の言葉です。明らかに私を睨みつけて。男性は、結局ほとんど語ってくださいませんでした。

この外来がどのような顛末になったか、予想できる方は少なくないと思います。互いに多くを話さず、いわば機械的に事が進み、お薬を出して終わりました。

私の態度の何かが男性の気に障ったのかもしれません。真相は謎です。

患者と医師の関係性。どことなく殺伐とした時代、と思うのは私だけでしょうか。

医師は、患者さんからの訴訟に備えることが増えてきました。医師や医療者が、影で特定の患者さんをモンスターペイシェントとレッテルを貼る場面に遭遇したことが少なからず遭遇するようになりました。

翻って、患者さんはいかがでしょう。医者を影でヤブ医者と呼んだり、かかりつけ医を浮気してみたり、ありませんか。(浮気というのは、かかりつけ医にナイショで別の医療機関にかかったり、かかりつけ医の悪口を言ったり、など)

いつ頃から、患者さんと医師はこれほどにすれ違うことになったのでしょうか。患者さんと医師の間にかかっていた橋は、いつしか流され無くなってしまったのでしょうか。

日本では、患者さんは受診する医師や医療機関を自由に選ぶことができます。一方で、医師は患者さんを選べません、応召義務というものがあり、基本的に患者さんを断ることができないからです。

自由に選べる患者さんと、選べない医師。不平等な感じもしないわけでもありません。そして、医療にはもう一つ大きな不平等があります。それは情報量。医療において、知識豊富な医師と、知識不足の患者さん。情報の圧倒的な不均衡がありますので、診察室においては、どうしても医師が大きな力を持ちます。ですから、患者さんが医師を前に構えてしまうことは仕方がありません。

ただ、医師も、医師という専門家である前に一人の人間です。どれほど情報を持っていようが、「お前、医者だから分かるだろ」と睨みつけられたら、医師だってそれは落ち込みます。

診察室は、患者さんと医師にとってはまさに一期一会の場。患者さんは、良くなりたいと願い医師に相談する。翻って、医師は、患者さんに良くなって欲しいと願う。医療とは、「良くなりたい患者さん」と「良くしたい医師」の両思いであり、結婚のようなものであり、共同作業のようなものです。

医療が共同作業であるならば、患者さんも医者も、お互いもっと信頼しあって、ともに進んだほうがいいと思いませんか。そうすれば、きっと鵲(かささぎ)が飛んできて、すれ違う患者と医師の間に橋をかけてくれるでしょう!

次回から、私が、大好きな患者さんとともに歩んだ物語をご紹介し、患者さんと医師の共同作業の魅力をお伝えしていこうと思います。

(盛岡タイムス2018年掲載。許可を得て全文掲載しています。)

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投稿者: 松嶋大

岩手県盛岡市出身。医師。医学博士。ことのはグループ代表。なないろのとびら診療所をはじめ医療介護、食や農業など7事業を展開中。生涯現役かついつまでも安心して暮し続けられる高齢者向け住宅「オークフィールド八幡平」も運営している。信念は「目の前の人に最善を尽くす」で、ビジョン「こころのバリアフリー」の実現に向け日々前進している。

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