患者さんが不在の場で議論することは原則ない

(備忘録)

僕は、患者さんが不在で、家族とのみ話し合うことはない。
家族に隠しておくことはあっても、本人に隠すことはしない。

だから何でも本人に話す。
本人に伝えた後に、本人が許可すれば家族に話す。
おかしいと言われることもあるが、結構徹底していること。

さて、そんな僕だけど、今日は例外中の例外で、家族とのみ話し合い。
なぜなら、患者さんはすでに終末期で、もはやコミュニケーションも、動くことも難しいので。

今後のことをどうするか、という話し合い。
だからといって、家族の希望を聞くわけではない。
家族を代弁者としつつ、あくまで本人にとっての最善を話し合う。
本人が意思を残していればそれを確認し、残していなければみんなでひたすら推定する。

今回は、意思は残していた。
その意思を送り出す側がどのように解釈するか。

キレイゴトと言われようが、どんなことがあっても、徹底的に本人の意思、本人にとっての最善をひたすら追求したい。

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投稿者: 松嶋大

岩手県盛岡市出身。医師。医学博士。ことのはグループ代表。なないろのとびら診療所をはじめ医療介護、食や農業など7事業を展開中。生涯現役かついつまでも安心して暮し続けられる高齢者向け住宅「オークフィールド八幡平」も運営している。信念は「目の前の人に最善を尽くす」で、ビジョン「こころのバリアフリー」の実現に向け日々前進している。

“患者さんが不在の場で議論することは原則ない” への 1 件のフィードバック

  1. はじめまして。
    井ノ口あいと申します。

    滋賀県にある障がい児放課後デイサービスなないろで大和幸子さんのもと、保育士としてパート勤務をさせて頂いています。

    松嶋先生のブログを読むといつも、まっすぐで透明感(冷たい澄んだ空気を吸い込むような)感じを受け心が優しくなります。ありがとうございます。

    わたしの父は去年の7月に71才で肺癌で亡くなりました。肺癌が見つかったのは3年前のことで治療をしていたのですが、亡くなる5日前まで自宅で母と暮らしていました。本人も家族も終末期を迎えるということとはほど遠く、気が付いた時には父はいなくなっていました。入院日には自力で歩いて車に乗り込み、抗ガン剤治療まで受けたにもかかわらず、入院した途端に意識レベルが下がり会話をすることはほとんどできませんでした。自由気ままに生きてきた父にとってベッドに繋がれたことは受け入れられなかったと思います。亡くなる前日まで足をバタつかせ、わたしの手に爪を立てて怒ったように握っていました。父の大きな手で受け入れられない現実を怒りとしてわたしの手に伝えたように思いました。入院した病院は終末期には、対応していないということで、ポスピスにも繋ぎましたが間に合いませんでした。診てくださった看護師さんやお医者さんには、感謝しておりますが、かけがえのない父の存在と一患者としか存在のない医療現場の温度差に何とも言えない気持ちでした。今でも父がふっと現れて名前を呼ばれそうな気持ちになります。
    もっともっと父と向き合って目をそらさず終末期を迎えたかったです。気持ちが溢れすみません。読んで下さりありがとうございました。

    松嶋先生に出会えた患者さんはとても幸せだと感じます。そしてことのはグループのサポートに出会われた家族の方は心を落ち着かせてその時を迎えられると感じます。これからもブログ楽しみにしています。

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